1-#16 土とともに(初めての夜)
「総合舎」を出た僕たちは、宿へ向かって歩いていた。「右大臣」と来た時とは逆の方角に進んでいる。さきほどまで人がいたとは思えないほど静かな空気が漂い、僕たちの足音だけが唯一、音をたてていた。
そして、ここに来た時も感じたことだが、やはりこの「街」の雰囲気は「僕のいた世界」と似ている。高層ビルの外見や造りも、それがずっと先まで続いているこの光景も、僕が見慣れた「都会の街並み」そのものなのだ。
しかし、それに反してこの時間帯に誰も歩いていないこの違和感...それだけが僕に「ここが異世界である」ということを示してくれている。
なんて思っていると、彼が話しかけてきた。
「大丈夫?頭の中、混乱してなイ?」
「はい、大丈夫です。各大陸がどういった感じなのかあらかた掴めましたし。」
「そっかー、それならいいんだけド。」
「そういえば「大臣」、僕のこの世界での名前の件はどうなったんですか?」
「そうそウ。それもやらなきゃいけないなーって思っててサ。早いとこやらないと、彼らと関わる時少しややこしくなっちゃうからネ。」
「それは、何か「儀式」のようなことをするのですか?」
「うン。「命名の儀」というものを執り行わなければならないんダ。と言っても、そんなにかしこまったものでもないけどネ。」
「なるほど...それはすぐにできることなんですか?例えば...明日、とか。」
「うン。「神」が一人でもいればいいかラ。書類の記入とかもあるけどそういうものはだいたい書いてもらって、後は僕らに任せてくれれば大丈夫だヨ。」
「そうなんですね...分かりました。」
この儀式が終わればようやく、僕は新たな一歩を踏み出すのだ。この世界と「空の世界」を救うための一歩を。この使命感は今まで感じたことのないようなものだった。こんなにも明確に「誰かのために」と示されることもなかなかないだろう。
と突然、「街」を照らしていた街灯が全て消えた。
「えっ、なんですかっこれっ!?」
辺りは真っ暗闇で一寸先も見えない。
「あぁ、そういえば言ってなかったネ。ここでは0時を過ぎると「街」全体の灯りが消えるようになっているんダ。「節電」ってやつだネ。」
そういうことだったのか...それにしても、このようなことができるのはこの時間帯に人が出歩くことがないからであろう。そうでなければこんなこと、絶対にできない。
「今灯りを点けるから待ってネ。」
彼はそう言うと、腰に取り付けていた杖を手に取り何か呟いた。すると、杖全体がみるみる明るくなった。半径3mほどは照らしているだろうか。
「これでひとまず大丈夫。もう少しで着くはずなんだけど、まさか消灯時間を過ぎるとはナ~...」
「この時間に出歩くのって、本来まずい感じですかね?」
「そうだネー。この時間帯は危険な動物がうろつき始めるからネ。いくらここが大きい「街」だとはいえ、その危険性はぬぐえないんダ。」
危険な動物...僕が今まで生きてきた中で、そんな危険にさらされるようなことは一度もなかった。そもそも人間に襲い掛かってくる野生動物なんて出会ったことがない。檻の中に閉じ込められた猛獣たちには何度か会ったことはあるが...いや、この場合はこちらから会いに行ったと言うべきか。
しかし、今はそんな守られた状態ではない。こんな無防備な状態で襲われれば一たまりもない。
「だ、「大臣」...僕たち、大丈夫なんでしょうか...?」
「ハッハー!大丈夫だヨ!そんな弱気になる必要はないヨ?今、この杖からはそういった動物を遠ざける力も放出されているからネ。」
「は、はぁ...」
今までにない高笑いだった...そんなに笑うことないじゃないか...
それにしても、彼の使う「不思議な力」はやはり「魔法」というものなのだろうか?こんなありきたりな言葉で言い表すのもどうなのかわからないけど...だが明らかに、「空の世界」ではありえない現象だ。
「ちなみに、その杖は誰が使ってもそういう効果を発揮する物なんですか?」
「あぁこレ?これは僕たち「神」の力を増幅・変換できる造りになってるんダ。だから、「神」以外の者が扱ってもただの杖になるだけなんだよネ。」
「そうですかー...」
なぜか少し残念な気持ちになった。自分もこの杖を使えば、「魔法」が使えるようになるかもしれない!なんていう馬鹿みたいな期待をしていたからだ。まぁ、現実はそううまくいかないものだ。
「あっ、見えてきたヨ。あれが今夜泊まる宿ダ。」
彼はそう言って指を指した。そこには今まで見たビルと変わらない高さの建物が建っていた。
「少し待ってネ...」
彼はそう言うと目をつぶり、何かぼそぼそと呟いていた。どうやらテレパシーで誰かとやり取りをしているようだ。
「...よシ。今「補佐官」が迎えに来るから、もうしばし待ってネ。」
「はい。」
数分して、建物の中から人が出てきた。その人は出てきてすぐ、辺りをきょろきょろと見渡していた。そしてこちらに気づき、てくてくと近づいてきた。どうやら彼が「補佐官」のようだ。
「いやー、お待たせしました「大臣」。」
「手続きは大丈夫だっタ?」
「はい、そちらの彼が例の「空人」の方、ですよね?」
「うん、そうダ。」
彼は「大臣」からそう聞くや否や、いきなり僕に自己紹介をした。
「初めまして。僕、「アージャ」っていいます。ここ「ポペラヒルク」の 「補佐官」をしています。宜しくお願いします。」
彼は爽やかな笑顔でそう言った。制服のようなものを着ており、しっかりとした好青年の印象だ。見かけからして、年齢は自分と同年代~少し下くらいの雰囲気がする。
「あっ、初めまして...僕は...」
僕は答えようとしたが...まだ「この世界での名前」はないのだ。返答に困った。すると彼は言った。
「まだここでの名前が決まってないんですよね?それは「大臣」から聞いているので大丈夫ですよ。」
それはとても優しい返事だった。
「あっ、そうだったんですか...ちゃんとした自己紹介できなくて申し訳ないですけど、こちらこそよろしくお願いします。」
この返事を聞いた彼は少し驚いた顔をしていた。
「ずいぶんとかしこまった言葉を使うんですね。「空人」って皆そうなのかな?」
「うーん、「空人」皆ってわけではないですね。」
「へぇー、でもでもディルノさんもそういう感じの話し方をするんですよー。あっディルノって人知ってますか?」
「えっ、あっはい。」
「それならよかった。あの人、最近会ってないけど元気かなー。あなたにも会わせてあげたいです。」
「はい、僕もできるなら早く会いたいです。」
「えっ、早く?」
「えぇ、僕はもともと彼に会うためにここに来たんです。」
「ああそうだったんですか!」
このような会話が続いた。すると「大臣」がしびれをきらしたように言った。
「はいはい、二人ともしゃべるのはそのあたりにしテ。早く中に入ろうヨ。もう何時だと思っているのサ!」
「あっ、はーい...」
「はい、すみません...」
とりあえず自己紹介は済んだので、僕たちは建物の中へ入っていった。
中に入ると、受付があった。内装はまるでホテルのロビーのようだった。僕はしばし見とれていたが、二人はさっさと通路の方へ進んでいた。
「あのーこっちですよー!」
「補佐官」の彼に呼ばれ僕は正気になった。
「はーい!今行きまーす!」
急いで彼らのもとへ行く。どうやら1階に客室はないようだ。通路を少し進むと階段があった。階段を使い6階まで上がった。階段を出るとフロアロビーがあり、この階の見取り図が貼ってあった。
「えーっと、君の部屋は2号室だネ。」
「大臣」がそう言うと、僕らは2号室へ向かった。そして部屋の前に着いた。
「はい、これがこの部屋の鍵ダ。」
そう言い、彼は僕に鍵を渡した。
「アージャが1号室だから、何かあったら頼るんだヨ?」
「えっ、「大臣」はどうされるんですか?」
「僕は「総合舎」に戻らなきャ。」
「あっそうですか...」
「まぁまた明日会えるからサ。とにかく今日はゆっくり休んでちょうだイ。」
「分かりました。今日はありがとうございました。」
「どういたしましテ~。じゃまた明日ネ!」
その一言とともに彼は早足で消え去った...そして「補佐官」の彼が僕に言った。
「じゃあ「空人」さん、とりあえずお部屋に入りましょう。中に入ればシャワールームもありますし、夕食も準備されてますから。」
「分かりました。じゃあとりあえず今日はこの辺りで。おやすみなさい。」
「はいっ、おやすみなさい!」
そうあいさつして僕は部屋へと入ったのだった。部屋の中は「空の世界」のビジネスホテルの一室と似たような間取りだった。シングルベッドがありテーブルがありイスがある、ただそれだけの空間だ。
テーブルの上には「本日のメニュー」という内容のメモとクローシュがかぶせられた料理が置いてあった。
とりあえず先にシャワーを浴び、用意されていた寝巻に着替えそれから夕食を頂いた。
メモによるとそれぞれ、「アジマルの唐揚げ」、「グランクポークのシチュー」、「グランザイルのサラダ」という料理らしい。どういったものかはよく分からないが、とにかくお腹が空いていた僕は目の前の料理を一瞬でたいらげた。
食べ物を満足に食べ、食欲が満たされた僕は強烈な眠気に襲われた。僕はそのままベッドに入り、眠りについた。久々のゆったりとした夜に心地よさを感じながら...