1-#17 土とともに(寝ても覚めても異質な世界)
「...くん......〇〇..ん...」
どこからか声が聞こえる...
「ねぇ...〇〇く......ぇ...ね..ってば...!」
やたらと誰かの名前を呼んでいるが、その部分だけよく聞き取れない...
「ねぇ!ねぇってば!」
声は明らかに大きくなっている...しかも、徐々にこちらへ近づいてきているような...もしかして僕のことを呼んでいるのか...?
「そうだってば!気づいてるんなら起きてよ!」
えっ?
「「えっ?」じゃないよ!君のことを呼んでるの!」
僕は急いで起き上がった。そこには同い年くらいの女性が腰を掛けていた。
...どちら様ですか?
と思ったが何かおかしい...声が出ていないような気がする...いつも話している時に付く「」が付いていないような感じがするのだ。
「うん。今、君に声を出されるのはまずいんだよね。だから、君の心に直接話しかけてるんだ。」
えっ、じゃあなんであなたは「」が付いているんですか?
「そんなの知らないよ、君の中で私の声を区別するためにそうなってるんじゃない?知らないけどさ。ていうか私のこと、本当に分からない?」
はい...この「街」の方ですか?
「えっ、いや「街」って何?」
えっ?
「うーん、分からないかなー...えーっとほら、高校の時同じクラスだった...」
...まさか...相田...さん?
「うん、そうだよ。ようやく分かってくれたかー。よかったよかった。」
えっ本当に「相田 若菜」さん...なんですか...?
「そうだって言ってるじゃん。」
信じられない...なぜ彼女がこんなところにいるんだ...
...本当にそうだったとして、こんなところで何をしているんですか...?
「えー、何言ってるの?ここ君の家でしょ?」
へっ?
「ふふっ、ずいぶんと間抜けな声出すんだね。」
わけが分からない...僕はさっきまで「土界」にいて...「ポペラヒルク」に着いて...「ポペラ大臣」から「土界」についてのことを聞いて...そして宿へ向かって...そこで眠ったはずだ...
「「土界」?なにそれ?そんなSFチックな出来事、現実でおこるわけがないじゃん。夢だよ、夢。」
...ここまで来るのに一体どれくらいの時間と労力がかかったと思ってるんだ...そんな「夢」なんていうもので終わってたまるか...!
「何、いきなり...どうしたの?」
そりゃあ、僕だって最初は夢なんじゃないかと思いましたよ。でも彼らの説明を受けていくうちに思ったんです、''久しぶりに誰かの役に立てる時が来たんだな''って。
ここ最近は何もぱっとしない、平凡な毎日が続いていました。そんな中、知らず知らずのうちに僕は生きていく意味が分からなくなっていた。今回のこの件は、そんな毎日に喝を入れるように起こったものなんです。だから、「夢」だなんてもので片付けたくはないんです。
「...ふーん、まぁよく分からないけどさ。君が何を言ったところでここがその「土界」っていう所じゃないことに変わりはないけどね。もうさ、とりあえず私とどっか出かけない?気分転換も含めてさ。」
そんなこと言われたって...
「もういいじゃん!ほら行こっ!」
彼女はそう言うと僕の腕を掴み、体を引き起こした。そして、そのまま外へ連れ出された。外は陽の光が降り注いでいた。その眩しさに一瞬目をつむったが、徐々に明瞭になった僕の視界に広がったのは、延々と草花が広がる野原だった。
そして彼女は満面の笑みを浮かべながら僕の方へ振り返った。
「もう難しいことなんて後回し後回し!今は今を楽しもうよ!」
そう言うと、僕の腕を引っ張って野原へ駆け出した。彼女は笑い声をあげながら走る。僕はそれについていく...僕が求めていたのはこんな日常だったのかもしれない。
いつか彼女と笑いあえる日が来ることを心のどこかで待ち望んでいたのだろう。それが今、叶ったのならそれでいいじゃないか...
そして、僕も彼女とともに笑い声をあげた。こんなに楽しい時間はもう何年も経験していない。僕はこんな時間がいつまでも続けばいいのにと思いながら、野原を走り続けた...
と突然、穴に落ちたような感覚に襲われた。いや正確には、体が地面に溶けていく感覚、と言ったほうがいいのだろうか。落ちていく先は何もない、白く透明で虚無な空間だ。
上を見上げると野原に咲く草花が見える。僕は声をあげた。''助けて!''しかし、唯一隣にいた彼女は僕がいなくなったことをなぜか気にすることなく野原のかなたへと消えていく...
あぁ、楽しい時間なんて言うんじゃなかった...こんなの''楽しさ''という衣を被った''悪夢''だ。 もう訳が分からない...
僕の意識はゆっくり薄れていった...
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「ハッ!」
僕は飛び起きた。そこは先ほどのホテルの一室だった。
「ゆ、夢...だったってこと...?」
一応、確認として自分の頬をつねってみた。
「痛い...」
痛いということは、おそらく「夢から覚めた」のだろう。もしかしたらこれさえも夢の可能性はあるが...とりあえず一旦落ち着こう...
心臓がバクバクしている。なんともいえない夢だった...昔、高い所から落ちる夢をみたことがある。その時も飛び起きた。だが、これはその時よりもよっぽどたちが悪い夢だ...まさか彼女、「相田 若菜」が出てくるなんて...まぁ、本当だったらとっくに彼女に会えていたはずだ。
「ああ、早めに行くんじゃなかったな...」
ここにきて、待ち合わせ時間よりかなり早く着いてしまったことに対しての後悔の念が込み上げてきた。
「...何か気分転換できるものはないかな...」
僕は独り言を呟きながら、部屋を物色し始めた。しかし、特に変わったものはなかった。
「うーん...とりあえず通路に出てみようかな...」
僕は上着を羽織り扉を開けた。通路は電灯が薄く灯っていた...全く人気がない...壁にかかっている時計は2:30を示していた。
「うわ、変な時間に起きちゃったな...」
そんなことを言いながら、僕は部屋に向かう途中あったフロアロビーへ行ってみた。そこには低めの木でできたテーブルとそれを囲むようにして配置された革製のソファーがあった。「空の世界」のフロアロビーとさほど変わりがない。
そして壁際には自動販売機が配置されていた。これも「空の世界」にあるものと似ている。売り方も、デザインされた缶や瓶などが見本として配置されておりその下にボタンがある見慣れた光景だ。書いてあるデザインはどれもみたことのないようなデザインだし字も読めないが...
そもそもこの世界の通貨なんて一切持っていないので買うこと自体不可能だ。「空の世界」の通貨は持っているが、使えるか試そうだなんて思わない。本来、この世界にないはずのものなのだから。
「ふぅ~こんなものかなー。そろそろ戻ろ。」
そう呟いて僕は自室へ戻った。
カチッカチッカチッ...時計の針の音が響く。僕は寝付けずにいた。あんな夢を見たあとに再び寝よう、とはとても思えない。とりあえずベッドには入っているが、天井を見続けることしかできない。
すると、窓の方からなにやら物音が聞こえてきた。僕は気になって窓の方へ寄った。どうやら外に誰かいるようだ。
「こんな時間に人?でもこの時間に外出するのは危険だって「大臣」が言ってたし...」
とりあえず窓を開けて顔を出した。やはり誰かいるようだ。僕は耳を澄ませてみた。
「...だから言ったんだよ、こんな所にあいつがいるわけないだろ...」
「おかしいわね...信号は確かにこの辺りからだったんだけど...」
「ここは色んな電波が飛んでるんだから、それを受信しちまっただけだって!...」
どうやら二人組が会話をしているようだ。しかも聞いた感じ片方が男性、もう片方が女性のようだ。。
「やっぱり、「ニムレ」に行ってみた方がいいかな...」
「...あぁ...あいつが現地の人間に紛れてここまで来るとは思えない...」
「そうよね...行くしかないか...生きてるといいけど...」
「まぁ「怪物」どもがうろついてるあそこはなんの保障もないからな...」
「ニムレ」?「ニムレ大陸」のことを言っているのだろうか。それにしてもなぜだろう...あの二人組、なにやら雰囲気が「土界人」っぽくない...まだ詳しく「土界人」のことを知っているわけではないが、彼らはこの世界には似合わない雰囲気を醸し出しているような...そんな気がする。
そんなことを考えていると、彼らの様子に変化が見られた。
「...っおい!...なんかよくわかんねぇ反応が近づいてきてるぞ!...」
「...!一体何!?...」
「わかんねぇ!...とりあえず撤退だ!...」
「えぇ、そうね!...」
突然そんなことを言い出したかと思うと、彼らは「街」の奥の方に走り去っていった...と次の瞬間、「それ」は彼らが去った方向のビルの影からゆっくりと姿を現した!
「空の世界」でいうジェット機のようなものだろうか、そのような「飛行物体」が突如現れたのだ。しかも、全くの無音だ。宙に浮いているのに、エンジンやら何やらを使っているような音が全くしないのだ。この静かな「ヒルク」の街並みにそぐわない異質な存在...
僕はまだ夢を見ているんじゃないかと思った。あんなに静かに飛ぶ乗り物なんて「空の世界」でも見たことがない。
そんな動揺をしているうちに「それ」はどんどん高度をあげていき、一定の高さまでいったと思ったその瞬間、一瞬で空のかなたへと消えていったのだった...
...僕はぽかんとしていた...この世界は眠っていても起きていても、なにかしら予想だにしないことが起こるのだ...僕はとりあえず深呼吸をした。
「よしっ、とにかくもう一度ベッドに入ろう。」
自分に言い聞かせるように呟き、僕は窓を閉めようとした。が、あることに気が付いた。それは、先ほど二人組がいた場所に何か光る物体が落ちていることだった。二人がいたのはこの宿の前にある通りだったので、確認しに行こうと思えば行ける。
「この時間帯は危険な動物がうろつき始めるからネ。」
...「大臣」の言葉が脳裏によぎる...しかし、この時深夜であったためか謎のテンションが込み上げてきて、「すぐ行ってすぐ帰ればいいよな!」などと思ってしまった。
そして、僕はその光る物体の元へ向かうことにしてしまったのだった...
#18 はしばしお待ちください。